日本代表
1: 名無し@サカサカ10 2020/05/11(月) 12:50:12.69
![16e994f5[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/0/d/0d1a2027-s.jpg)
レキップ紙「日本はベスト4に進出できる強豪」ガーディアン紙「2022年に一番厄介な相手は日本」など
GK権田:ポルティモンセ(ポルトガル)
DF酒井:マルセイユ(フランス)
DF吉田:サンプドリア(イタリア)
DF富安:ボローニャ(イタリア)
DF長友:ガラタサライ(トルコ)
MF遠藤:シュツットガルト(ドイツ)
MF柴崎:デポルティーボ(スペイン)
MF中井:レアルマドリード(スペイン)
MF南野:リヴァプール(イングランド)
FW大迫:ブレーメン(ドイツ)
MF中島:FCポルト(ポルトガル)
MF久保:マジョルカ(スペイン)
etc.
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1: 名無し@サカサカ10 2020/05/10(日) 03:19:29.24
![20200509-00261000-soccermzw-000-2-view[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/1/a/1a12e9a0-s.jpg)
【歴代名手の“私的”技術論|No.2】柳沢敦(元日本代表FW):日韓W杯を見返して驚かされた“上手さ”だけではない能力
2002年の日韓ワールドカップを戦ったFW柳沢敦【写真:Getty Images】
2002年日韓ワールドカップの日本代表の試合を見直してみた。といっても数年前のことなのだが、日本が初めて出場した1998年フランス大会から順番に見返していった。
3戦全敗だった98年大会のチームは、なかなか技巧的だった。中田英寿、名波浩、山口素弘のMFトリオが上手い。FWへクサビを入れ、レイオフしたボールをサイドへ散らす攻撃は、ハマると鮮やかだった。
4年間をワープして02年、初戦のベルギー戦(2-2)を見て驚いてしまった。
4年前にあった技巧的なパスワークは影も形もなく、パスは3本とつながらない。中盤をすっ飛ばしてのFWへのロングボールばかり。まるでヨーロッパ下部リーグの試合のようではないか。こんなんだったっけ?
この試合は現地で見ている。その時も少し蹴りすぎだとは思っていたが、こんなに酷い内容だったとは当時は感じていなかった。あれから20年近く経過しているし、98年から02年までの過程を飛ばして見たからだろう。
日本とベルギーはともにグループリーグを突破してベスト16へ進んでいる。どちらも弱いチームではなかった。
ロングボールばかりのラフな展開と感じたのは、4年間でサッカーが変化していたからである。
フランス大会では中田英が、ドリブルでスペースを突き進む姿が何度も見られた。グイグイ持ち出していく推進力は素晴らしかったのだが、4年後のベルギー戦ではそんなプレーはほとんど見られなかった。
中田英が劣化したのではなく、4年間でサッカーが変化していたのだ。ドリブルで突き進むようなスペースがない。やろうとしても奪われるか、ファウルで潰されるか。陣形はコンパクトになり、中盤のスペースはなくなり、試合の基調が潰し合いになっていた。
互いにコンパクトで密集した中盤をつなぐのは難しい。そこでトップへのロングボールを多用していたわけだ。思い返せば、フィリップ・トルシエ監督は最初からそのつもりでチームを作っている。
「10~15秒の攻防が200回あるのが現代のサッカーだ」(トルシエ監督)
ガンガンぶつかり合って、ボールを奪ったら可能な限り直接的に相手ゴールへ向かう、いわゆるダイレクトプレー志向がはっきりしていた。
トルシエがかなり極端な戦術志向の持ち主だったのは確かだが、当時のサッカー自体が全体にそんな感じだったのだ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/11c831315d397edde026eb92d41c144a7e01110c
5/9(土) 20:10配信
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1: 名無し@サカサカ10 2020/05/09(土) 19:51:52.36
![4c563005[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/1/6/16e994f5-s.jpg)
FW
南野拓実(リバプール)
MF
中島翔哉(PSG)
鎌田大地(アーセナル)
久保建英(レアルマドリー)
堂安律(インテル)
遠藤航(シュツットガルト)
齋藤未月(チェルシー)
DF
富安健洋(ユベントス)
板倉晃(マンチェスターC)
酒井宏樹(トッテナム)
GK
権田修一(ポルト)
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1: 名無し@サカサカ10 2020/05/09(土) 09:01:05.15

元日本代表監督のバヒド・ハリルホジッチ氏(67)=現モロッコ監督=が8日までに関係者を通じてスポーツ報知に、新型コロナウイルス感染拡大が続く日本に向けたメッセージを寄せた。
同じくコロナ禍の影響を受けるフランスの自宅にいる同氏は、励ましの言葉と、不要不急の外出を控える大切さを訴えながら「美しい季節が訪れることを期待しましょう」と終息を願った。
●「ハリルからの手紙」元日本代表監督は優しいおじいちゃん…当時の監督番記者が読み解く
ハリル氏の思いを元サッカー担当の斎藤成俊デスクが「読み解く」。
日本への思いがあふれるメッセージだった。ハリル氏はロシアW杯まで2か月に迫った2018年4月に解任された。当然、恨みつらみもあったが、最後の会見では「私は日本の永遠のサポーターです」と述べた。
その言葉通り、今回、関係者を通じてお願いしたメッセージを、わずか1日で届けてくれた。
独裁的」「エキセントリック」などが、多くの人が抱く同氏のイメージだろう。確かに、試合に臨むうえでは選手たちに強い口調で接し、常に何かに怒っていた。
その指導法が、選手とのコミュニケーション不足という理由で解任に至った原因にもなった。しかし、人間ハリルホジッチは、優しい“おじいちゃん”そのものだった。
忘れられないのが、16年4月14日に発生した熊本地震への関わりだ。テレビで流れる映像に心を痛めたハリル氏は翌月の5日、望んで被災地を訪れた。
「ひとりの人間としても代表監督としても来ないといけないと思った」。避難所では激励の言葉をかけ続け、当初見学のみとされた子供たちのサッカーに急きょ参加して、ワイシャツに汗が染みるのも気にせずプレーした。
県庁で「くまモン」のピンバッジを贈られると「被災者のことを忘れないで試合をする。ロシアW杯にも持って行きたい」と、その後の公式戦では必ずスーツの胸元につけ、一緒に戦った。
苦境に立ったとき、とにかく我慢が必要だと訴えるのは、現役引退後に勃発したボスニア紛争の経験からだろう。内戦反対の姿勢だったハリル氏は、命を狙われた。
危険を感じ現在国籍を持つフランスに逃れたが、ボスニア・ヘルツェゴビナの自宅や経営していたカフェ、ブティックなど「全て破壊され、盗まれました」。ほぼ無一文での再出発。
耐え抜いたフランスでの日々の先に、指導者として成功が待っていた。だからこそ今回、日本人の自制心を信じ、不要不急の外出自粛を求めた。
休日には奥さんと京都、広島、沖縄を訪れるなど日本の景色を愛したハリル氏は、メッセージの最後を「美しい季節が訪れることを期待しましょう」と結んだ。
フランス北部リールにある自宅の庭には1本の桜の木がある。ハリル氏は世界、そして日本に、満開の桜で彩られたような明るい日々が戻ってくることを心から願っている。(14~18年サッカー担当・斎藤 成俊)
◆ハリルホジッチ氏のメッセージ
親愛なる日本の皆様へ
日本の皆様にメッセージを送れること大変嬉しく思います。
新型コロナウイルスはいまだに全世界を恐怖と不安に陥れていますがフランスのマクロン大統領も言っているように、この戦いは戦争でもあり、戦いに勝たなくてはいけません。
日本の皆様は規律正しく、和を尊重する文化と伝統があります。国民が一体となって団結し、諦めない気持ちでいることが大切であろうと思います。
フットボールにおいても全世界同じ状況で、サポーターもプレーヤーも試合を観ること、プレーすることを待ち焦がれていると思いますが、まだもう少しの辛抱が必要です。
しっかりと危険性を認識しながら、無駄に外出することなく、美しい季節が訪れることを期待しましょう。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200509-05080232-sph-socc
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1: 名無し@サカサカ10 2020/05/08(金) 19:24:05.06
![20200508-00260874-soccermzw-000-4-view[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/5/b/5b2923f0-s.jpg)
昨季限りで現役を引退した元日本代表DF田中マルクス闘莉王氏が、4月に公式YouTubeチャンネルを開設した。5月8日に新たな動画を更新。歴代の日本代表メンバーから最強の“闘莉王JAPAN”を選出している。
【動画】“闘将”が悩みに悩む姿に注目…「闘莉王TV」で公開、歴代日本代表“最強イレブン”を選出
ブラジル出身の闘莉王氏は、1998年に渋谷幕張高校へ留学するため単身で日本に渡り、2001年にJ1リーグのサンフレッチェ広島でプロデビュー。03年にJ2水戸ホーリーホックに移籍し、この年、日本国籍を取得して年代別代表として日の丸を背負うようになった。04年から09年までは浦和レッズの主力として活躍し、06年にはチーム史上初のリーグ優勝に貢献。自身はJリーグMVPを受賞した。10年に移籍した名古屋グランパスでも移籍1年目でJ1制覇。17年からはJ2京都サンガF.C.でプレーし、昨季限りで現役引退を決意した。
日本代表としても2010年南アフリカ・ワールドカップ(W杯)16強進出の原動力となるなど、輝かしいキャリアを歩んできた“闘将”。今回の動画では「史上最強!? 闘莉王JAPAN」のテーマで、歴代日本代表から闘莉王氏が最強メンバーを選出した。
まずは監督を選ぶことになり、闘莉王氏は岡田武史氏と即答。さらにコーチにはイビチャ・オシム氏を据えた。理由としては「ちょっと考え方が違うからね。サッカーが違うから面白い」と、まったくタイプの違う2人の共存をポイントに挙げている。
続いて、選手のなかでは自身と中澤佑二氏で組むセンターバック(CB)に注目したい。闘莉王氏は「CBはオレと佑二さんでいいんです。なかなか現れてこないと思う、オレと佑二さんみたいなコンビは」と力説していた。
「いっぱいいるね……」と大いに悩んだのが中盤だ。日本代表を彩った各世代の名手たちが並んだなか、「一番日本で上手い人」と称えて中村俊輔(横浜FC)を選出。自身と同じくブラジルから日本に渡り、日本代表としても活躍したラモス瑠偉氏も選び、「チームの司令塔は?」との質問には「俊輔さんになってほしいけど、性格的にはラモさん」と答え、「途中でオレとラモさんがケンカして……」と夢のタッグに思いを馳せていた。
世代を超えた豪華メンバーが揃い、超攻撃的な布陣となった“闘莉王JAPAN”。闘将が珍しく悩み抜いて選んだこの最強イレブンが、ワールドカップに出場した場合、どんな結果が待っているのか……。視聴者それぞれが想像してみるのも、面白いかもしれない。
闘莉王氏が選出した「闘莉王JAPAN」は以下のとおり。
監督
岡田武史
コーチ
イビチャ・オシム
GK
楢崎正剛
DF
長友佑都
中澤佑二
田中マルクス闘莉王
三都主アレサンドロ
MF
本田圭佑
遠藤保仁
ラモス瑠偉
中田英寿
中村俊輔
FW
久保竜彦
5/8(金) 19:01配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200508-00260874-soccermzw-socc
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1: 名無し@サカサカ10 2020/05/03(日) 21:43:21.80
![693220027eaa5efc2f2e8becef78b2df[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/9/c/9cdc5882.png)
ボタフォゴのMF本田圭佑は3日、自身のツイッター(@kskgroup2017)で日本代表への熱い思いを伝えた。
本田は自身のツイッターで「Japan Times」の記事を投稿。「元日本代表の本田圭佑が国内の著名アスリートとともに新しいデジタルメディアベンチャーを立ち上げた」という記事内容の“元日本代表”という部分を取り上げ、「“元”と書かないでください。それは嫌だ。“ナショナル・チャレンジャー”と書いてほしいです!」と英文で伝えた。
日本代表の選手として2010年の南アフリカワールドカップ、14年のブラジルワールドカップ、18年のロシアワールドカップに出場した本田。アジア人初となる3大会すべてでのアシストを記録し、さらに日本人初となる3大会連続ゴールも挙げた。ロシアW杯決勝トーナメント1回戦のベルギー戦(●2-3)で敗れた後には「僕の実力を出し切ったということに関しては悔いはない」とコメント。常に掲げていたW杯優勝という目標について「その意志を次の若手に引き継いでもらいたい」と次世代に託していた。
その後は東京オリンピックのオーバーエイジ入りを目指すことを公言していた。今回の発言の本気度は計り知れないが、その飽くなき向上心を垣間見せた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/c0ba48cac682a0df7affaf29315e5e722ab60b73
5/3(日) 18:04配信
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1: 名無し@サカサカ10 2020/05/03(日) 12:07:57.00
![4c563005[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/1/6/16e994f5-s.jpg)
FW
レオナルド(シャルケ)
南野拓実(リバプール)
MF
中島翔哉(ポルト)
鎌田大地(アーセナル)
久保建英(レアルマドリー)
遠藤航(レバークーゼン)
田中碧(アトレティコマドリー)
DF
冨安健洋(ユベントス)
板倉晃(マンチェスターC)
酒井宏樹(トッテナム)
GK
権田修一(ベンフィカ)
監督:アッレグリ
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![Midfielder[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/7/b/7b801a4e-s.jpg)
![img_b9d62ec46901e04d2c955352a4c13b03366702[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/5/b/5baf0b3e-s.jpg)


![news_214625_1[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/5/9/59b57875-s.jpg)
![20190627_iwata.nagatomo.sakai_.sugioka[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/5/3/536b67f9-s.jpg)
![7c229468c634d768781c130b7e8910ef[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/c/c/cc47c401-s.png)

![65665_ext_04_0[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/a/7/a7ec933d.jpg)
![big3[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/8/a/8a3ee013-s.jpg)

![hiroki-abe-1-e1567454723912[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/3/4/342d0a93-s.jpg)
![main[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/d/5/d5805293-s.jpg)
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