いちおう92年以降から見てみました。
歴代最高額移籍、もしくはそれに準ずるくらいのカネが動いた移籍劇です。
![20170929-00030517-sdigestw-000-4-view[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/b/2/b25df424-s.jpg)
クラブ:マルセイユ→ACミラン
移籍金:1100万ユーロ(約14億円)
プレー集
https://www.youtube.com/watch?v=OgTMXQ2mtfA
ドリブルで切り込むことはあまりせず、ダイレクトでブチ込むのが得意で
通称「爆撃機」とも称された。
UEFAチャンピオンズカップ(当時)の前だった。
もちろんそんな未来は知る由もなく、パパンはこの試合で
大ブーイングを浴びてしまい、しかも負けてしまう。
しかし、後にマルセイユに八百長がバレてタイトルは剥奪。
タイトルは負けたミランに移った。
不運なことに「オランダトリオ」全盛期だったためにここで
3人枠が埋められてしまうと試合に出ることすらできなかった。
「ファンバステンと世界最強2TOPや!」
と騒がれたのに。
しかしそのファンバステンが、後に引退にまで追い込まれる怪我をしたために
結果的にパパンはある程度試合に出れるようになったのは皮肉であった。
なんとシーズン途中にデサイー(フランス人)が加入してきてしまう。
これでまた出たり出なかったりに逆戻り。
日本でのトヨタカップで大活躍したりとピンポイントで輝いたりはしたが
93-93シーズンを最後にバイエルンへ去った。
×93-93
〇93-94
この時代は全ての外国人選手に言えるが、ボスマン判決前だったので
厳しい外国人枠と戦わないといけなかったのが不運だった。
最高額移籍金を使ったのにちょっと勿体無かったかも。
でもそんなのを勿体無いと思うようなチームじゃないくらい
黄金時代だったのがベルルスコーニのACミラン。
クラブ:サンプドリア→ユベントス
移籍金:1650万ユーロ(約21億円)
プレー集
https://www.youtube.com/watch?v=olqzVvYAsrc
見れるようになってきた頃もユベントスの主力だったため知名度はある選手。
この移籍はレスターほどではないにせよ大クラブではない
サンプドリアが奇跡のリーグ優勝を果たした1年後に起きた。
ポグバ 135億←ファッ!?
ベイル 130億←ファッ!?
クリロナ 120億←なんや安いやん(錯乱)
大事な話なので書いておくと、1995年の欧州裁判所で出た判決で
EU国内の国籍を持つ選手は契約が満了したらそこで誰にも
拘束されない、という事が確定した。
それ以前は契約が満了しても元所属クラブは移籍する際に
移籍金を払わせないと選手は移籍できなかった。
それ以降は、契約が終わればフリーになる。
クラブ:トリノ→ミラン
移籍金:1400万ユーロ(約18億円)
プレー集
https://www.youtube.com/watch?v=Wir6WEDTIpE
中盤やや前めだったかな?
MFもFWもできるタイプで、ミランがかなりの気合いを入れて獲得した。
しかし、高速道路で事故ってしまい大けが。
これで悪い意味で有名になってしまう。
選手として復帰できたが、史上最高額をかけた選手としては
ハズレだったといえる。
その後、96-97シーズンは確かレンタルだったと思うが、
地方クラブのアタランタに移籍すると重圧から解放されたのか
素晴らしい働きを見せてイタリア代表復帰にまで這い上がった。
と、なるとやっぱあの事故さえ起こさなければ・・・となるわな。
欧州上陸時に在籍したオランダのPSVからまた1人のブラジル人が名門へ移籍した。
まだこの時の知名度は後に比べたら微々たるものだった。
37試合34得点(得点王)
スペイン国王杯優勝
UEFACW杯優勝
ロナウドは「怪物」「超常現象」と異例の愛称が与えられた。
メッシやCロナもロナウジーニョもこういうニックネームは
つけられていないあたり、ロナウドには異質のヤバさがあった。
なにせ前を向かせたらゴールになるのでロナウドを抑えるには
ロナウドへのパスを出させないようにしないといけないので、
ロナウドへのパスが通ったら「タッチダウン」とまで言われた。
(パスが通った瞬間にゴールを覚悟しないといけないので)
ロナウドは1シーズンでインテルに去るけど、
その1シーズンで途方もない功績をバルサにも
サッカー界にも残した大成功移籍と言える。
一番儲けたのはナイキだろうね。
移籍年:1996年
クラブ:ブラックバーン・ローバーズ→ニューカッスル・U
移籍金:1600万ユーロ(約20億円)
プレー集
https://www.youtube.com/watch?v=qkdFFtNTop0
最初のクラブはサウサンプトン。
92-93シーズンからブラックバーンに移籍し、
94-95シーズンには非ビッグクラブとしては異例の快挙ともいえる
プレミアリーグ優勝の立役者として一躍大選手の仲間入りを果たす。
放っておくはずがなく、ユナイテッドなどがオファーするが
シアラーは故郷のニューカッスルを選択。
(この時代のニューカッスルは上位にからんでた)
そして見事期待に応え3シーズン連続得点王という快挙も成し遂げる。
リーグとカップ戦2つという過密日程が常識の英国では凄い記録だ。
人生のピークを迎える。この頃のイングランド代表は
中盤にガスコイン(これもここがピーク)などいい選手がおり
環境にも恵まれていたがそれも実力のうちやね。
しかし代表ではこの直後から異常なスランプに陥ってしまう。
セリエだな。キングが挑戦した頃あたりからサッカー見始めたから、
イタリアしか情報があんまり無かったもん。
異例の長期在籍をし、04-05シーズンで引退を発表・・・
するはずがファンから現役延長の懇願を受けて1年延長。
そこにマイケル・オーウェンが移籍してきたために
新旧イングランド代表FW2TOP揃い踏みということになった。
そしてクラブ200ゴール(リーグ・カップ戦合算)を置き土産に引退。
ユナイテッドやアーセナル級のビッグクラブではない
ニューカッスルにとってはかなり覚悟を伴う出費だったはずだが
それを杞憂に終わらせる活躍をしてくれたでしょう。
当時史上最高額移籍金で加入するといきなり
UEFA杯(当時)優勝に貢献。
この試合で同国同士の対決となった相手ラツィオの
イタリア代表DFネスタをチンチンにしたプレーはもはや伝説。
セリエAでも25点を挙げこれはいまだに破られていない、
移籍初年度外国人ゴール記録でもある。
名実ともに最強選手となったフェノーメノだったが
99年末に靱帯部分断裂という大けがを負ってしまう。
翌年4月に復帰するも早すぎたか7分でまた大けが。
さすがにこの瞬間にはイタリア人も静まり返ってしまった。
あれはサッカー見始める前のワイでも衝撃やったな
は?って感じ
復帰は2002年W杯直前。
なんとそこで2点を挙げ、やはり怪物は怪物なことを証明した。
2002日韓大会でも全盛期ほどではないにせよ
(あと変な大五郎カットと言われたヘアスタイルで)
活躍し決勝戦ではドイツの大GKカーンの一瞬のキャッチミスを
逃さず世界一を決定づけるゴール。
インテリスタもこれで来シーズンはやってくれるで!
と期待した・・・
結局ロナウドはクーペル監督の仲たがいがどうにもならず
レアルに移籍してしまう。
さすがにこれには1シーズン以上治療に費やさせてやったのにこれか!
とイタリア中で批判を浴び逃げるように脱出したらしい。
在籍中の前半と後半であまりにも差があったから評価が難しい選手やね・・・
クラブ:サンパウロ→レアル・ベティス
移籍金:3150万ユーロ(約41億円)
プレー集
https://www.youtube.com/watch?v=Ytz17BtdImI
デニウソンキター!
若手時代のホアキンと共に狂おしいほどすこ
98年バルサを押しのけてベティスが獲得。
2強でもアトレチコでもないベティスが
世界史上最高額で獲得というニュースは世界中を震撼させた。
99-00シーズンには2部降格となってしまう。
そのためデニウソンに払う給料が負担になることから
00-01シーズンだけはブラジルのフラメンゴにレンタル。
ベティスが再昇格するとまた戻ってくるという面倒なことになった。
それだけでなくどうもデニウソン自身も欧州にフィットできず
05-06シーズンはフランスのボルドー、その翌年には
ついにサウジのアル・ナスルさらにその翌年は
MLSのFCダラスへと転々とする羽目に。
今となっては大失敗高額移籍の代名詞みたいな扱いになってしまった。
クラブ:ラツィオ→インテル
移籍金:4648万ユーロ(約60億円)
プレー集
https://www.youtube.com/watch?v=apph6uC_bOw
そのせいか(?)一般的なイタリア人よりガタイが半端なくよく
「重戦車」「走る冷蔵庫」等の愛称が与えられた。
左利きで典型的な突進型ストライカー。
多少の無理な体勢からでも得点でき、固め打ちも多かった。
しかし弱小相手から稼ぐとも言われ(実際そうだった)
海外育ち故か物議を醸す言動も多くいわゆる
デルピエーロやトッティのような「民衆のヒーロー」とは
真逆の存在ではあった。
トリノを皮切りにピサ、ラヴェンナ、ヴェネツィア、アタランタ、
ユヴェントス、アトレティコ、ラツィオ、インテル、ミラン、
モナコ、サンプドリア、アタランタ、フィオレンティーナ、
アタランタと移籍している。
移籍したユーベでも期待にたがわぬ活躍をし、
ここで次世代スターの誕生・・・・・となるはずが
なぜか97-98シーズンにAマドリードに移籍。
そしてスペインでも24試合24点という結果を残すが
「スペインは簡単すぎてつまんね」
と言い放って1年でイタリアに復帰→ラツィオ入団。
当時の史上最高額でインテルに移籍。
この頃、パンツ一丁のビエリが「3200万ポンド」と書かれた値札も
つけて寝てる下着の広告に出たことで「下品だ」と批判されたらしい。
しかしそんなもんを気にするようなタマではなく、インテルでも
ゴールを量産。しかし末期には負傷がちになり、代わって
アドリアーノが出番を増やすようになった。
色々あったけどピーク時にそれだけの活躍をしてくれたので
少なくとも損はしなかったはず。
当時のインテルの失敗補強の多さからしたら十分優秀。
キリゴン、カロン、マルティンス、モルフェオ、バッジォ、バティストゥータ…ほかに誰がおったかな、失敗補強は…
クラブ:パルマ→ラツィオ
移籍金:5500万ユーロ(約72億円)
プレー集
https://www.youtube.com/watch?v=oKkMnsOLP6c
アトランタ五輪銀メダルでようやく欧州スカウトに認知され、
セリエAパルマに入団。そこでも開花まで時間がかかったものの
努力を重ねて、2000年には黄金期のラツィオへ移籍。
この時の移籍がセリエA最高額だった。
移籍したクレスポは即得点王になるなど完璧な活躍。
大成功だったといえる。
後に放出しないといけなくなったのはラツィオの経営上の問題。
クラブ:バルセロナ→レアル・マドリード
移籍金:6000万ユーロ(約78億円)
プレー集
https://www.youtube.com/watch?v=j-CYHtcBUd0
ポルトガル最優秀選手に選ばれた95年、ユベントスと
仮契約をした後によりいい条件を提示してきたパルマともサインしてしまったのだ。
これでイタリアのチームと2年間交渉禁止という処分を食らい、
やむなくバルサに移籍することになってしまう。
さすがにこれでひと騒動起こらないわけがなく、
バルセロナでフィーゴが経営してた日本料理店が破壊されるという
とんだ被害を受けてしまう。
CKを蹴りに向かったフィーゴの元に豚の頭が投げつけられるという
凄まじい妨害に遭うなど色々あった。
この時の遺恨はいまだに残っており、フィーゴ自身は
バルセロナのファンや市民には誰もが最高であると言っているものの
相手はそうは思っておらずOB試合等にも全く呼ばれていない状態が続いている。
「銀河系軍団」の重圧にも負けずフィーゴ自身も
2000年にはバロンドール獲得。大成功でしょう。
クラブ:ユベントス→レアル・マドリード
移籍金:7350万ユーロ(約96億円)
プレー集
https://www.youtube.com/watch?v=r1oN-AWRb78
頭角を現したのはボルドー時代。
UEFA杯で決勝まで進み、バイエルンに敗退したが
リザラズ、デュガリーらと共に名前を売る。
まだこの頃は自己チュードリブラーの気があったものの、
ユベントスが即座に獲得。見る目はあった。
スペイン人の奥さんがスペイン移籍を強く希望したため、
それに目をつけたレアルが史上最高額で獲得。
ユベントスのオーナーも
「これはジダンじゃなく奥方の問題だからどうにもならない」
と諦めの境地だったらしい。
銀河系のまさに中心的存在として結局引退まで在籍。
さらには監督にまで就任とまさにクラブの
歴史に名を残す人物にまでなった。大大成功でしょう。
う〇ちの意味になってしまうためACミラン入団時に
KAKAにされた。
外国人選手だがミランに並々ならぬ忠誠心を抱いており、
レアルへの移籍も本意ではないが経営難に陥ったミランを
救うためやむなく決断したと発言した。
ペレス会長が会長に復帰した際の目玉補強第1弾として
契約したのがカカだったが、不運にも恥骨炎を患い始めた
時期であり、実力を十分に発揮できずに終わってしまった。
レアルにとっては大した事ではなかったろうが、高値掴みに終わってしまった。
クラブ:マンチェスター・ユナイテッド→レアル・マドリード
移籍金:9400万ユーロ(約123億円)
プレー集
https://www.youtube.com/watch?v=7hi13_-dAGY
スポルティングで飛び級に飛び級を重ねてデビューすると、
親善試合で対戦したマンチェスター・ユナイテッドから
オファーを受ける。
ファーガソン監督が自軍選手に能力を確認し、
ロイ・キーンなども確実に通用すると確信。
それに元々、コーチのケイロス(元名古屋監督)が
眼をつけていたこともありとんとん拍子で移籍が決まっていった。
これに正式オファーを受け取っていないユナイテッドが激怒し
一切の交渉をさせないと発表。
さすがにこのシーズンは動けず、Cロナ自身も反省し残留宣言。
1年遅れの09年、正式に移籍交渉が始められた。
移籍初年度は背番号9だったものの翌年度からは
クラブのレジェンド・ラウールのつけていた7番を継承。
以前はビッグマッチに弱いところがあり、
その割にCMや広告活動は盛んなところからやや批判もあったが
ここ1,2年は勝負強さもついてきており、
昨年のEUROでも自身は怪我で出れなかったものの決勝戦で
味方を鼓舞しながら優勝に導くなど、求心力も出てきた。
もはやレアル=Cロナ的な存在にもなっており、
史上最高額もまったく高くはない投資だったと言えそう。
クラブ:トッテナム・ホットスパー→レアル・マドリード
移籍金:1億100万ユーロ(約132億円)
プレー集
https://www.youtube.com/watch?v=snEpFLrlXLs
そこから前へ抜ける時の超絶的な速さで一躍有名になった。
徐々に前にポジションが変わっていく。
ウェールズ代表でも当然不動の主軸で、EUROでの躍進にも貢献。
しかしW杯予選では最後の最後で苦汁をなめる姿をスタンドから見届けることに。
まだ在籍中だが、どうにも怪我が多い。
出れば必ず活躍するが、なかなかコンスタントに出れないのが歯がゆい。
最近はベイル不要論まで出る始末。
なんとか再起してほしい。
クラブ:ユベントス→マンチェスター・ユナイテッド
移籍金:1億500万ユーロ(約138億円)
プレー集
https://www.youtube.com/watch?v=2g7DhV9k9ts
マンチェスター・ユナイテッドの下部組織育ち。
しかし12年、出番を求めてフリーでユベントスへ。
ここで開花しついには15-16シーズン開幕前には背番号10番を与えられる。
その後16年、古巣のユナイテッドがタダで出した選手を
史上最高額で買い戻し。
復帰初年度からEL決勝戦でゴールを決めるなど順調に貢献している。
ユーベ時代の活躍からしたらプレミアでもっともっとやれるはず。
トータルで見れば史上最高額も高くはないはず。
(自分で育てた選手ではあるが・・・)
2億2200万ユーロ(約290億円)だからやっぱ異常だわw
おしまい
最後雑すぎだろ
おもしろかったぞ

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