第7回:1997年フランス・ワールドカップ アジア最終予選 第3代表決定戦
日本 vs イラン
■日本サッカー史上もっとも重要度の高い一戦
1997年11月16日――。この日は日本のサッカーファンなら誰でも知っていることでしょう。
“ジョホールバルの歓喜”と呼ばれたフランス・ワールドカップ・アジア最終予選・第3代表決定戦は、日本初のワールドカップ行きが懸かった一発勝負の試合でした。
当時、日本サッカー界は“崖っぷち”の状況にありました。4年後、日本は韓国との共催という形で、ワールドカップ開催を迎えることが決まっていました。歴史を振り返っても、自国開催で初出場となる国は一度もありません。サッカー史に残る不名誉な歴史を作ることなんて、誰も望んでいませんでした。
“ドーハの悲劇”から4年。是が非でも、フランス大会で初出場したい――。連日のマスコミ報道の過熱ぶりを見ても、文字通り、日本国民の期待を一身に受けて臨んだ一戦。これまで日本はいろんな大事なターニングポイントとなる試合を迎えてきましたが、重要度で言えば、日本サッカー史上もっとも高いゲームだったと言っても過言ではないでしょう。
■イランの攻撃力は脅威だった
当時、僕は22歳でした。若いからこそ勢いでプレーしていた部分はありました。1年前にはアトランタ五輪でブラジルに勝ったという自信もありました。日本中の期待を背負い、重圧と戦うことには慣れていたつもりでしたが、3か月間におよぶ長く厳しい最終予選をただガムシャラに戦ってきて、イランとの第3代表決定戦へとたどり着いたのです。
中立地のマレーシアで開催されたイランとの一戦は、ご存知の通り、延長戦にもつれるほどの厳しい戦いとなりました。
舞台となる中立地マレーシア・ジョホールバルには、およそ2万人の日本のサポーターが駆けつけてくれました。ホームの雰囲気のなかで戦えたのは、僕たちにとって大きな力になりました。
当時、イランはアジア最強だと思っていました。日本は全員がいわゆる国内組の選手でしたが、対するイランは、ダエイ、アジジ、マハダビキア、バゲリなど、ブンデスリーガでレギュラーとしてプレーしている選手が多かった。とくに攻撃力は日本より上とも言われていましたから、無失点で終えることはできないだろうなと思っていました。
つづく
SOCCER DIGEST Web 5/26(金) 17:25
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170526-00026144-sdigestw-socc
案の定、点を取り合うシーソーゲームの展開となりました。日本が先制したものの、その後、イランに2失点を喫し、一時はリードを許しました。そんな史上もっとも重要度の高い試合での息もつけない展開のなか、最高のパフォーマンスを見せてくれたのが、ヒデこと中田英寿でした。
イラン戦からちょうど20年の月日が経ちましたが、歴代の日本代表選手のなかでも、あそこまでのパフォーマンスを見せた選手はおそらくいないでしょう。
アトランタ五輪から始まり、いろんなところで一緒の舞台で戦ってきましたが、あの試合でヒデはまさに異次元の領域へと行ったな、と思いました。
メンタル、フィジカル、テクニック。すべての面で誰よりも突出していました。初戦のウズベキスタン戦から数えて9試合目となるイラン戦。疲労との戦いは避けて通れないものでした。しかし、ヒデにとって疲労はまったく無縁のようでした。時間の経過とともに、彼の存在感が大きくなってくるのです。後ろから見ていて、本当に頼もしく感じていました。
■ヒデがいなかったらワールドカップに出られなかった。
2対2で迎えた延長戦で、みんなの足がほとんど止まっていましたが、ヒデの動きは止まらない。それどころか、ピッチ上は彼の独壇場と化していました。
(城)彰二、呂比須(ワグナー)、岡野(雅行)さんと送り込んだ岡田武史監督の采配が日本の勢いを後押しするなか、岡野さんのゴールデンゴールが決まる運命の119分を迎えることができたのも、彼の活躍なくしてあり得ません。中山(雅史)さんの先制点はヒデのスルーパスから生まれ、ヘッドで決めた彰二の同点ゴールも、ヒデのセンタリングによるもの。そして、岡野さんのゴールデンゴールも、ヒデが放ったシュートを相手キーパーが弾いて生まれたのですから。
もっとも、ヒデがのびのびとプレーできた背景には、カズ(三浦知良)さん、井原(正巳)さんをはじめとしたベテランの人たちが、黒子となってチームを支えてくれたことも見逃せません。ベテランを中心にチームがまとまっていたからこその初出場だったと同時に、ヒデがいなかったら日本はワールドカップに出られなかったこともまた事実だと思います。
■参考資料
フランスW杯アジア最終予選 第3代表決定戦
1997年11月16日21:03@マレーシア・ジョホールバル
日本 3-2 イラン
[得点]日=中山(39分)、城(75分)、岡野(118分) イ=アジジ(46分)、58分(ダエイ)
[警告] 日=井原(27分) イ=アザディ(17分)、ハクプール(24分)、マハダビキア(34分)、アベドザデ(87分)、ミナバンド(106分)、アジジ(107分)
メンバー:GK20川口能活、DF2名良橋晃、3相馬直樹、4井原正巳、17秋田豊、MF6山口素弘、8中田英寿、10名波浩、13北澤豪(→90分14岡野雅行)、FW11三浦知良(→63分18城彰二)、32中山雅史(→63分30呂比須ワグナー)
監督:岡田武史
■プロフィール
川口能活
かわぐち・よしかつ/1975年8月15日生まれ、静岡県出身。180センチ・77キロ。清水商高卒業後、横浜入り。その後、ポーツマス(イングランド)、ノアシャラン(デンマーク)、磐田、岐阜を経て、現在J3の相模原でプレー。4度のワールドカップ出場を誇る日本を代表するレジェンド。プロ24年目。
当時の中田が21歳。
今の日本人で21で代表中心になるとか考えられんもんな。
中田は本当に異常だったわ。
そりゃそうだ!
良く分かってんな!
中田英寿
代表
・U-15
・U-17アジアユース選手権
・U-17世界選手権 ベスト8
・U-19アジアユース選手権 準優勝
・U-20 FIFAワールドユース選手権 ベスト8
・アトランタオリンピック GL敗退
・フランスW杯 GL敗退 ※ジョホールバルの歓喜…日本のW杯初出場
・シドニーオリンピック ベスト8 ※マイアミの奇跡…ブラジル代表に勝利
・FIFAコンフェデレーションズカップ2001 準優勝
・日韓W杯 ベスト16
・FIFAコンフェデレーションズカップ2003 GL敗退
・FIFAコンフェデレーションズカップ2005 GL敗退
・ドイツW杯 GL敗退
個人
・Jリーグベストイレブン:1997
・日本年間最優秀選手賞:1997
・AFCアジア年間最優秀選手賞:2回(1997、1998)
・AFC All Star Team:3回(1997、1998、1999)
・FIFAコンフェデレーションズカップ2001ベストイレブン:2001
・FIFAコンフェデレーションズカップ2001ブロンズボール:2001
・FIFA 100:2004
・Jクロニクルベスト ベストイレブン:2013
・GOLDEN FOOT AWARD 2014
・日本プロスポーツ大賞/大賞(内閣総理大臣賞):1997
・日本プロスポーツ大賞/殊勲賞:1998
・セリエAサプライズ賞:1998
・朝日スポーツ賞:2006
・イタリア連帯の星勲章:2006
・カヴァリエーレ勲位(ナイト):2006
・チャイナ ファッション アワーズ 国際賞:2006
・ブルガリ ブリリアントドリームアワード2008 特別賞
・MOST STYLISH FOOTBALL PLAYERS
・GOLDEN FOOT AWARD オール・タイム・レジェンド(アジア人でただ一人)
・バロンドール:3回ノミネート
・FIFA最優秀選手賞:4回ノミネート
・FIFA親善大使に就任
・FIFA国際サッカー評議会 諮問委員(アジア代表)に就任
確かに歴史的な出来事だったけど
あれから20年も経ってるのに、いまだに世界じゃ全然通用してないじゃん
ああいう熱気はもう期待できないよな
最終予選の緊張感も今回が最後か
井原が川口に声かけたら
うるせえ!って返事して
喧嘩になったんだっけ?
その後は惰性のようだった
それどころかボールロストしてるイメージすらない
ただ欧州ではスピードかフィジカルが強力じゃないとキツい。
引用元: http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1495844917/
![20170526-00026144-sdigestw-000-2-view[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/6/e/6ec83a72-s.jpg)

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