![img_9f94073fbec32b1e3b4bd7e2b6b81c78331023[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/4/b/4b4f8c52.jpg)
鹿島アントラーズを離れてもう4年目となりました。その間、僕はタイに1年間渡り、その後、J2のファジアーノ岡山で2年を過ごしました。今ではカテゴリーとしては"5部"にあたる、関東1部リーグで選手兼コーチとしてプレーするかたわら、東京大学のサッカー部の指導を行なっています。
このコラムで何度も言ってきましたが、鹿島を離れる時に僕は、鹿島でしてきたものとは「できるだけ違う経験」を求めました。そして、ありがたいことにその望んだキャリアを歩むことができました。「できるだけ違う経験」を求めたのは、自分の中で色々なことの答えが見えてくるような気がしたからでした。
経験してきたことや、見てきたこと。
それらを客観的に評価するためには、自分にできるだけ真逆の視点が必要だと思っていたのです。
少しレベルが落ちるとされる国やカテゴリーでプレーしてみて感じた違いには、予想していたものとそうでないものがありました。
今日はその違いについて、率直に感じたことをお話ししようと思います
(「レベルの高い、低い」、「違い」という言葉はとても使いづらく、誤解を招いてしまう言葉でもあると思います。今回はそれを承知で、敢えて書かせていただきました。ご了承ください)。
まず、よく言われるのが「環境」の違いです。この4年間は鹿島のように、全てが用意される環境には到底ありませんでした。
タイでは練習場を転々としましたし、練習場の変更の連絡がなく一人佇んでいたこともありました。岡山でも一部荷物が個人管理だったり、食事の面などで管理が充分に行き届いてない面もありました。社会人リーグでプレーしている今では、全ての荷物はもちろん個人管理ですし、練習や試合はほとんどが人工芝で行われます。
大きな違いと言えば、確かに大きな違いです。
ただ、この点に関しては自分でも驚くほど不満に感じることはありませんでした。
自分で望んで選んだ道だということもありますし、何より、そうしたことにあまりプライドというものがないのだと思います。
それより大きく違いを感じた点はやはりピッチ内にありました。特に、2つの点で"それまで"とは大きく違っていました。
つづく
2017年05月18日
http://best-times.jp/articles/-/5666
1つは、日々の練習におけるテンションの違いでした。これはある程度、予想していたことでした。
僕にとってプロの練習とは「戦いの場」です。試合に出るためには、練習で自分の価値を示し続けなければいけません。それは監督に対してだけでなく、チームメイトに対しても、です。
プロの世界は試合に出てナンボです。みんな出たくてしかたありません。しかし、11人しか試合には出られない。出られない選手が約20人もいるのです。
だから、自分が試合に出ることをチームメイトたちが納得しなくてはいけません。それを示すのは練習です。試合で戦う前に、まず練習で戦わなくてはいけない。それが当たり前でした。
鹿島時代のエピソードが1つあります。
いつだったか思い出せませんが、ある時、紅白戦で僕と小笠原選手がサブ組に回された時がありました。僕は悔しくて、正直言ってイラっとしました。小笠原選手も同様だったと思います。
その紅白戦はまさに戦場と化しました。ディフェンスラインでは僕が、中盤では小笠原選手が猛然とレギュラー組の選手に襲いかかりました。公式戦さながらのバトルでした。小笠原選手と僕に触発されて、若手選手たちも激しさを増していきました。鬼気迫る練習でした。
今では鹿島の中心選手となった、当時の若手選手たちはよくこの日の練習のことを口にします。こうして、鹿島ではそれが当たり前として受け継がれていくのです。
鹿島を離れ、その温度にはやはりなかなか出会えなくなりました。特にタイでは、文化の違いも相まって、その温度差は大きかったと思います。
タイでも岡山でも、そして今の東京ユナイテッドでも、程度の違いこそあれ、そこに大きな違いを感じた僕は、その度に「チームメイトたちを変えよう」と思うことはやめてきました。
諦めたのではありません。変わるとすれば、僕が変えるのではなく、彼らが変わるのだと思ったのです。僕はただ、自分の基準をぶらさずに戦い続けていればいいのだと思っています。
とは言いながら、プレーにおいて言い続けた1つの指摘があります。それが大きく違いを感じたもう1つのことです。
それは「頭を止めない。頭を回し続ける」ということです。こちらは、予想していたものより大きな違いでした。
つづく
サッカーにおいて、時計の針はハーフタイムにしか止まってくれません。その間、ボールは丸く、常に状況は移り変わっていきます。
ボールを保持している選手はパスの「出し手」ですが、パスを出した瞬間に「受け手」に変わります。すぐに頭の中を書き換えて、情報を更新していかなくてはならず、そこにタイムラグが生じていると的確な判断はできません。
このタイムラグに大きな違いがありました。
ちょうど、漫画がアニメになるのと似ています。
1つひとつにプレーがあり、判断があります。その1つひとつの"絵"を繋ぐ間の時間に、移り変わる状況の情報を常に更新し続け、タイムラグをなくし、連続するように頭を回し続けなくてはいけません。
レベルの高い選手は頭の中をアニメのように回し続けているのに対し、レベルの低い選手は漫画のように捉えてしまっているように見えます。
この違いは、僕が最も驚いた部分でした。それまでよりレベルの高いところでサッカーをした選手がよく「スピードが違う」という言葉を使うのは、きっとこの頭を回し続けるスピードのことだと思います。
タイでは言葉を話せなかったので、「Don't stop.」という言葉をニックネームになるほど、言い続けました。日本ではありがたいことに言葉を話せますので、試合におけるあらゆる状況で細かく指摘し続けるようにしています。
10年という時を過ごした鹿島では、僕の人生で最も輝いた時期を過ごすことができました。そして、それからの時間では、僕なんかのことを本当に必要としてくれる人たちのために身を削るように戦わせていただきました。
だから、全てのクラブが僕の心のクラブとなりました。
僕はそのことの感謝を形にしていかなくてはいけません。
「感謝を形にする」とは、僕が経験させていただいた様々なことを"自分なりの解釈"に落とし込み、そして具体的に生かしていくことだろうと思っています。
少なくとも自然と最後まで読めた
ライター目指してるのかな
そのためにサッカーの経験を広げてるのかも
Q:相手の印象は?
「イングランドのような組織を組んでゾーンで守りながらも人には強くいく、日本にないレベルのサッカーでした。
良いチームだと思いました。
個人個人、フィジカルが強いし、特に中盤の前の選手が強く、五分五分のボールを拾われてしまった。
あとクロスをどの選手が上げても質が良かった。1試合目も2試合目もクロスからやられてしまった。
点を取られた以外にもクロスの質は高かった。2列目から飛び込んでくる選手は日本の方が良いですが、
クロスの質が高いので。チーム力は向こうが上だったと思う」
これが貼ってあって安心した
これを見に来た
元々の足下の技術やビルドアップ能力に不満があった
ラインコントロールもそれなり、空中戦も絶対の強さという程じゃないし
2013年に一気に評価が下がって退団
特にセットプレー
引用元: http://hayabusa32ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1495076677/

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