![pre17042711490005-p1[1]](https://livedoor.blogimg.jp/matome00000-sakasaka10/imgs/5/5/55185b78.jpg)
イングランド・サッカー協会(FA)は、1000試合以上の賭博に関与したバーンリーのジョーイ・バートンに18カ月の出場停止処分を科したことを発表している。
バートンは10年以上にわたって1260件の賭博に関与したことを認め、3万ポンドの罰金と長期の出場停止処分を科されることになった。
所属クラブのバーンリーはクラブの公式サイトで、今年1月に加入した34歳の元イングランド代表選手が長期出場停止を科されたことを認めている。
FAは「ジョーイ・バートンが18カ月間フットボールにかかわる全ての活動に参加することを禁止する。2006年3月26日から2016年3月13日の間に1260試合を対象にした同選手の行為は、FA規定のE8に抵触する。バーンリーンのミッドフィールダーに3万ポンドの罰金と出場停止を科す」と声明を発表している。
一方のバートンは「この決定により早期の引退を余儀なくされる。確かに規則を破ったが、このペナルティは重すぎる。私はギャンブル依存症と戦っており、FAに診断書も提出した。これらのことを考慮されずとても失望している」とFAの決定に異議を唱えた。(Goal.com)
sanspo.com 2017.4.27
http://www.sanspo.com/soccer/news/20170427/pre17042711490005-n1.html
これ以上のこと何回もやってるが追放されんからな
2004年7月、ドンカスター・ローヴァーズとの親善試合で、危険なタックルを相手に行い、乱闘に発展し当時のキーガン監督を激怒させる。
2005年5月、深夜2時ごろリバプールで車を運転中に35歳のリバプールサポーターと接触。足の骨を折る怪我を負わせてしまう。
2005年7月22日、タイへの遠征中、バンコクのホテル内のバーで、エヴァートンサポーターの15歳の少年が彼を蹴りつけ、それに報復。止めに入ったリチャード・ダンの手にも噛みついた。
強制送還されたうえ、3万ポンド(約600万円)の罰金。さらに7日間にわたり自制に関するプログラムをクリニックで受けさせられた。
2006年9月30日、エヴァートンとの試合後に、体に障がいを持つ味方サポーターに真っ先にかけよりユニフォームをプレゼント。その後相手サポーターの野次が聞こえてくると、笑顔でパンツを下ろし、お尻を出して応戦した。
その行為が全国放送されてしまったことから公然わいせつとして警察とFAは調査。警察からはお咎めなしだったが、FAからは罰金(当時で)4400万円を科せられた。
2007年3月4日未明、リバプールでタクシー運転手に暴行を加えた容疑で逮捕されたが、これは無罪になった。
2007年、所属するマンチェスター・シティが残留争いに巻き込まれ、クラブの補強を非難。クラブはバートンにインタビューを受けることを禁止した。
イライラが募ったのかその年の5月には、練習中にチームメイトのウスマーヌ・ダボの顔面を複数回に渡り殴打し、網膜に傷を負わしている。この罪で1年後に執行猶予4ヶ月、地域奉仕200時間、3000ポンドの罰金を課せられた。
2007年9月、怪我で試合に出られないので、子供の時に仲間とよくやっていた釣りに出かけて大いに楽しんだ模様。
2007年12月27日、リバプール市内で、口論となった16歳の少年に20発近い殴打を浴びせ、歯などを折る怪我を負わせた。ひどく酔った状態での犯行で、この罪により禁固6カ月。2008年5月20日から74日間服役した。
刑務所ではかなりの模範囚だったようだ。所内では当初清掃の仕事を任されたが、それを拒否し溶接工の仕事を得た。これはかなり気に入ったらしくめきめきと腕をあげ、楽しんでやっていた模様。後にフィットネスのトレーナーの仕事も得た。
2008年8月30日、アーセナルとのアウェイゲームで、出所後4カ月ぶりにピッチに立ったが、89分にバートンが交代で登場すると割れんばかりの大ブーイングがスタジアムを包んだ。ピッチに入ってすぐアーセナルのMFサミル・ナスリ に強烈なスライディングタックルをお見舞い。
ナスリは前のめりに勢いよく転倒。ナスリはボールを追いかけるバートンに対し、後ろからさりげなく蹴って報復し、イエローカードをもらう。
2008年9月3日、練習帰りに車でバス専用車線を走行、信号無視する姿が目撃され議論を呼ぶ。
2008年10月25日、サンダーランドAFCとのタイン・ウェア・ダービーで出場停止から解禁されたが、サンダーランドサポーターからはウォームアップしている最中にコインを投げつけられたり、ブーイングを浴びせられた。
バートンはトレーニングウェアのクラブエンブレムにキスして反撃。飛んできたコインは涼しい顔で返した。
2008年10月28日、ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFCとのホームゲームで、開始9分にPKを得たニューカッスル。PKキッカーは決まっていたが、それを無視し、
バートンは自らボールをセットし蹴って決めてしまう。
ゴール後は胸を叩いてサポーターに駆け寄り喜びをアピール。
2009年1月、運転資格がないにも関わらずニューカッスル市内を愛車で走っているところ目撃され、750ポンドの罰金を課せられた。
2004年7月、ドンカスター・ローヴァーズとの親善試合で、危険なタックルを相手に行い、乱闘に発展し当時のキーガン監督を激怒させる。
2005年5月、深夜2時ごろリバプールで車を運転中に35歳のリバプールサポーターと接触。足の骨を折る怪我を負わせてしまう。
2005年7月22日、タイへの遠征中、バンコクのホテル内のバーで、エヴァートンサポーターの15歳の少年が彼を蹴りつけ、それに報復。止めに入ったリチャード・ダンの手にも噛みついた。
強制送還されたうえ、3万ポンド(約600万円)の罰金。さらに7日間にわたり自制に関するプログラムをクリニックで受けさせられた。
>>20
2006年9月30日、エヴァートンとの試合後に、体に障がいを持つ味方サポーターに真っ先にかけよりユニフォームをプレゼント。その後相手サポーターの野次が聞こえてくると、笑顔でパンツを下ろし、お尻を出して応戦した。
その行為が全国放送されてしまったことから公然わいせつとして警察とFAは調査。警察からはお咎めなしだったが、FAからは罰金(当時で)4400万円を科せられた。
2007年3月4日未明、リバプールでタクシー運転手に暴行を加えた容疑で逮捕されたが、これは無罪になった。
2007年、所属するマンチェスター・シティが残留争いに巻き込まれ、クラブの補強を非難。クラブはバートンにインタビューを受けることを禁止した。
イライラが募ったのかその年の5月には、練習中にチームメイトのウスマーヌ・ダボの顔面を複数回に渡り殴打し、網膜に傷を負わしている。この罪で1年後に執行猶予4ヶ月、地域奉仕200時間、3000ポンドの罰金を課せられた。
2007年9月、怪我で試合に出られないので、子供の時に仲間とよくやっていた釣りに出かけて大いに楽しんだ模様。
>>25
2007年12月27日、リバプール市内で、口論となった16歳の少年に20発近い殴打を浴びせ、歯などを折る怪我を負わせた。ひどく酔った状態での犯行で、この罪により禁固6カ月。2008年5月20日から74日間服役した。
刑務所ではかなりの模範囚だったようだ。所内では当初清掃の仕事を任されたが、それを拒否し溶接工の仕事を得た。これはかなり気に入ったらしくめきめきと腕をあげ、楽しんでやっていた模様。後にフィットネスのトレーナーの仕事も得た。
2008年8月30日、アーセナルとのアウェイゲームで、出所後4カ月ぶりにピッチに立ったが、89分にバートンが交代で登場すると割れんばかりの大ブーイングがスタジアムを包んだ。ピッチに入ってすぐアーセナルのMFサミル・ナスリ に強烈なスライディングタックルをお見舞い。
ナスリは前のめりに勢いよく転倒。ナスリはボールを追いかけるバートンに対し、後ろからさりげなく蹴って報復し、イエローカードをもらう。
>>30
2008年9月3日、練習帰りに車でバス専用車線を走行、信号無視する姿が目撃され議論を呼ぶ。
2008年10月25日、サンダーランドAFCとのタイン・ウェア・ダービーで出場停止から解禁されたが、サンダーランドサポーターからはウォームアップしている最中にコインを投げつけられたり、ブーイングを浴びせられた。
バートンはトレーニングウェアのクラブエンブレムにキスして反撃。飛んできたコインは涼しい顔で返した。
2008年10月28日、ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFCとのホームゲームで、開始9分にPKを得たニューカッスル。PKキッカーは決まっていたが、それを無視し、
バートンは自らボールをセットし蹴って決めてしまう。
ゴール後は胸を叩いてサポーターに駆け寄り喜びをアピール。
2009年1月、運転資格がないにも関わらずニューカッスル市内を愛車で走っているところ目撃され、750ポンドの罰金を課せられた。
引用元: http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1493262405/

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